さよなら さよなら さよなら 場にく、輪の
空を見上げると、 そこには青い空など広がってなどなく、 どんよりと、重い雲が漂っていた。 今にも雨を吐き出しそうな雲を見ていると、 こっちの気持ちまで重く垂れ込んでしまう。 馬にまたがり、そんなことを考えていると、 同じく、俺の少し先で馬に乗っている主が俺の名を呼んだ。 「HEY、小十郎」 「はっ」 「…そろそろだぜ」 「……さようでございますな」 ここは戦場。 まだ戦いは始まってこそいないが、 自分たちの周りには緊張が張り詰めている。 今から始まろうとしているのは、あの宿敵、武田軍との一戦。 今日の戦を勝てば、天下までの道は安泰とも言えるだろう。 そして何より、 今、目の前にいる主が、今日の戦いを楽しみにしているのだ。 主の永遠の好敵手でもある真田幸村は、 必ず、戦いの場に出る。 我が主の命めがけて、真っ直ぐに。 「…政宗様」 「A―n?何だ、小十郎」 「決着を…なされるおつもりか?」 「………」 「お答えください!」 「HA!愚問だな。それ以外に何がある」 「…お言葉ですが、私は貴方方を戦わせたくはありません」 「…どういう事だ」 「この小十郎、貴方を守って死ぬと決めています」 「………」 「ですが、俺にも譲れぬものがあるのです」 「…譲れぬもの?」 いつだったか、 戦場の赤い華に心を奪われたのは。 いつからだったか、 華を想い、眠れぬ夜をすごしたのは。 いつからだったか、 あの眩しいほどの笑顔を、俺に向けてほしいと思ったのは。 わからない。 だが、今は、譲りたくはない。 きっとこれが、最後の好機。 二度目はない。 きっと今日、この二人をぶつければ、 命を懸けて守ると誓った青い独眼竜か 戦場を華麗に駆ける赤い華のどちらかが、 確実に消える。 その前に、 消えてしまうその前に、 俺がその華を散らしたい。 恋焦がれたその華を、 この手で。 それだけは、 誰にも譲れはしない。 「真田との一戦の前に、俺に真田と勝負させていただきたい」 俺が、散らす。 美しき赤い一輪の華を。 *** 屍、屍、屍。 周りには、敵味方関係なく無残に転がる肉片。 そして血特有の鉄の香り。 一歩、歩くだけで血の湖は跳ね、 足袋や袴の裾を赤く染める。 そんな戦場を、俺は居場所だと感じる。 人を殺め、殺め、殺め続け、 主を天下へと導くことこそ、俺の存在理由だと。 人の肉を切り裂く感触は、 もう忘れることはないだろう。 傷から噴出す、まだ暖かい血を被る痛みは、 一生、俺の心の消えぬ傷になるだろう。 だが、それが俺であり、 俺であり続けられる理由。 俺は人を切り、それと同時に自分の心も切り裂く。 それでいい。 傷つくのは俺一人で十分だ。 泥を被るのも、俺一人で十分。 そう思って生きるのは、 正直辛かったのかもしれない。 だから、戦場を駆ける美しい華に、 俺の傷だらけの心は奪い去られたのだ。 白黒でしか見えなかった世界を、 颯爽と駆け抜ける赤に、 目を、心を、感覚を、 すべて染められてしまったのだ。 美しい赤一色に。 「…片倉…殿」 「よぉ、真田幸村」 息を切らして、走って来たであろう華。 そんなに主と戦いたかったのかと、 嫉妬している自分に苦笑した。 そして、俺は刀を抜き、 俺の世界をガラリと変えてしまった華に、 その切っ先を向ける。 「勝負だ、真田。てめぇ何ぞ、俺一人で片ぁ付く」 穢れを知らぬ赤き華よ。 血で塗れた俺の手で、 美しく散ってくれ。 「片倉殿、どうしても、そこを退いてはくれぬか」 「愚問だな。言っただろ。てめぇ何ぞ俺一人で十分だってな」 「…某は、独眼竜政宗殿との決着を付けに来たまで。無駄な戦いはしたくはないでござる」 「てめー俺に喧嘩売ってんのか?その言い草じゃ、俺なんか眼中になしと聞こえるぜ」 「そうではない!某はっ…!!」 「グダグダ言ってねぇでかかって来い。俺を倒していかねぇと、政宗様には届かねぇぞ?」 「ぐっ…」 「おら構えろ、俺に殺されてぇなら別だけどな」 逃げられぬ戦いだと感じた華は、 覚悟を決めたのか、二本の赤い槍を構えた。 先ほど、苦渋に歪ませた顔はもう見る影もなく、 今は燃える赤に染まった真っ直ぐな目をしていた。 「真田幸村!!参る!!!!!」 怒鳴るようにそう叫び、 戦いの幕が切って落とされた。 *** いつからだっただろうか。 あれほど、 独眼竜、伊達政宗殿との勝負を心待ちにしていたというのに、 心のどこかで、引っかかるものを感じるようになっていたのは。 いつからだっただろうか。 主の背中を守るその姿が、 頭から離れなくなったのは。 真っ直ぐな鋭い目に 心奪われてしまったのは。 一体いつからだったのだろうか。 「オラオラ!!どうした真田ぁ!!そんなんじゃ本気で死ぬぜ?」 戦場で見た片倉殿は、 人を一人切るたびに、 傷ついた顔をしていたのを覚えている。 優しい方なのだと感じた。 しかし、それでも人を切り続ける貴殿を、 某は見るに耐えなかったのだ。 傷ついて欲しくないと心から想うのと同時に、 戦場に立ち続けて欲しいとも願う矛盾した気持ち。 そのあやふやな感情に名前をつけるのなら、 何という名前をつけるべきなのだろうか? わからない。 しかし、堪らなく切ない。 手を伸ばして、救いあげてしまいたい。 だが、それを貴殿は望まない。 それがまた、痛い。 「…迷いがありませぬな。片倉殿」 「あぁ?ある訳ねぇだろ。俺は本気でてめぇを殺すつもりだ」 「然様か。某も、貴殿を倒さねば政宗殿と戦えぬ故、本気でいくでござる」 「…つくづく癇に障る言い方だな。まぁいい。来い」 刀と槍が交わる金音。 その音がまた酷く悲しく、 目の前の特別な感情を抱く相手を倒さねばならないと言う宿命を感じさせ、 某の心を引き裂く。 悲しい。 こんな事を引き起こしたのは一体誰か? 何故、片倉殿を倒さねばならないのか? わからぬ。わからぬが、戦う事を片倉殿は望んでいることだけは、わかる。 「はぁ…はぁ…くっ…!」 「…っ!…はっ…はぁ」 互いに息が上がる。 そろそろ決着をつける時。 おそらく、この一撃で最後になる。 「はっ…!!…覚悟はいいか…真田…」 「某は…いつでも…覚悟を決めているでござる!!」 「上等だ…!!これで…最後だっ!!!」 「「うおぉぉぉぉぉ!!!!」」 ガキィン 高く木霊する音。 一体どちらが倒れるのだろうか。 某は、まだ立っているのだろうか? 「…くそっ…俺の…負けだ」 後ろから、そう一言聞こえると、 ドサッと人が倒れる音がして、 振り向くと、片倉殿が倒れていた。 その姿を見て、 普段敵を倒す時には感じぬ罪悪感や、 喪失感、悲しみ、苦しみ。 兎に角、不の感情が入り混じり、 気が付いたら、片倉殿に駆け寄っていた。 「片倉殿っ…!!!」 「………」 「気をしっかり持たれよ!片倉殿!!」 「…てめ…どういうつもりだ…」 「…わからぬ…自分でも理解できぬのだ…」 「……?」 「某はっ…貴殿を…どうしてもっ…失いたくはない!!」 わからない。わからない。 自分が何をしたいのか分からない。 自分の中の感情がわからない。 でも、片倉殿を失いたくは無い。 それだけ、 ただそれだけなのだ。 「……真田」 「………」 「俺は…てめぇの敵、ただそれだけだ…情けをかける必要はねぇ」 「情けなどではっ!!」 「黙れ。…黙ってそう理解しろ。俺は死ぬ。てめぇは生きる。それだけだ」 「片倉…殿…」 「分かったらさっさと行け!!!…てめぇは…倒すべきものを倒しただけだ」 「……!!」 「涙を流す必要はねぇ」 いつから涙が出ていたのだろうか。 片倉殿は少し震える手で涙を救い上げてくれ、 そして某の胸をトンと押した。 『早く行け』と。 その行動は、正しく武士の最期を合間見たようで、 潔く、それで居て力強いものだった。 涙がまた頬を伝ったのを感じたが、 それを拭うことを忘れ、 某は勢いよく立ち上がり、 無我夢中に駆け出していた。 『…てめぇは…倒すべきものを倒しただけだ』 片倉殿の言葉が胸を刺す。 あぁ、出来る事なら、 貴方を倒したくは無かったというのに。 しかし、これは宿命だったのだ。 決して理解したくは無いが、宿命だったのだ。 自分は武田に命を捧げたもの、 貴方は伊達に命を捧げたもの。 決して、分かり合うことなどないのだ。 それなのに、貴方は傷つく自分を気遣い、 『気にするな』と言うのか。 優しすぎるお方だ。 だが今、その優しさは、 自分の心をこれでもかと傷をつける。 貴方を忘れぬようにと、 深く、決して癒えぬ傷をつけるのだ。 「決して…忘れはせぬっ!!…片倉殿っ!!!」 *** 冷たくなる。 手が、身体が。 「死…か…」 死を恐れた事は一度も無い。 だから恐くはない。 だが、心残りなのは 主の天下を見れなかったこと。 主を守って死ぬと決めたはずなのに、 こんなところで意地張って死ぬという情けない結果。 「散らすと…決めたはずだったのにな…」 逆に散らされた。 だが、俺は最初からわかっていたのかもしれない。 この結果になる事を。 空に手をかざすと、 それに答えるかのように空が泣いた。 その涙は次第に強くなり、 俺の冷たくなっていく体をより一層冷たく濡らす。 だが、その冷たさが、 今は心地いい。 「申し訳ありませぬ…政宗様…」 あぁ、主よ。 貴方はこの小十郎が死んだ事を何と感じられるのか? 背中を託してくださったというのに、 この始末で申し訳ありませぬ。 ですが、信じてくだされ。 貴方の背中を守るという誓いには 嘘偽りなどなかった事を。 申し訳ありませぬ。政宗様。 一足先に逝く事を、どうかお許しくだされ。 「畜生…っ…」 悔しい。悔しい。悔しい。 約束を守れなかった。 勝負に負けた。 そんな事どうでもいい。 何に悔しいのかわからない。 だが悔しい。 堪らなく悔しい。 心残りが多すぎなんだ。 こんなんじゃ、成仏なんかできやしねぇ。 だが、一つだけ、 いい事があったとしたら。 『某はっ…貴殿を…失いたくはない!!』 華の涙を見れたことか。 あの涙は、俺だけの涙だから。 笑顔を向けられることは無かったが、 あの涙で全てチャラにしよう。 あぁ。とうとう時間だ。 ゆっくりと、眠気がくる。 さようなら。我が主、独眼竜・伊達政宗公。 さようなら。我が部下達よ。 そして、さようなら。 俺の世界を変えた、

の美しきき華よ。
「次、生まれ変わるなら、せめて平和な世界に」



☆★あとがき★☆
友人に頼まれて書いた小十幸2(笑) 今度は死ネタでーす;;; やっぱ、このサイトの中心は切ない方面なので、 死ネタははずせませんでした(´∀`;) 一心不乱に書いたので、 何だかまとまっていませんが…;;; 政宗も最初しか出てこないし…;;; きっと、こじゅが死んだ事を知って、 幸村に激怒するんでしょうね…(オイ) では!! 此処まで読んでくださってありがとうございます!! これからも頑張りますので、 よろしくおねがいします!! 管理人に応援メッセージ → web拍手